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JR豊後中村駅

九重“夢”大吊橋に一番近い駅は、JR久大線豊後中村駅(ぶんごなかむらえき)。

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駅正面

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飯田高原やくじゅう連山の玄関口として、昭和50年代までは賑わっていたということですが、乗降客が減少し、便数も減少、私もほとんど利用したことはありませんが、二男が高校通学に利用しています。

九重“夢”大吊橋のオープンで客足が伸びつつあるということ、鉄道ブームも復活ということもあり、町が敷地を購入、築79年の駅舎は無償譲渡され、観光や産業のため活用されることになりました。

築104年の古い駅舎が注目され、乗降のためだけではなく駅舎を見るために特急列車が止まるようになった、鹿児島の肥薩線の無人駅嘉例川(かれいがわ)駅の例もあります。

新聞記事

周辺のにぎわいもう一度
地域づくりや商店街活性化 〝夢〟大吊橋観光拠点に

 九重町は町内右田のJR豊後中村駅の敷地を購入することを決めた。すでにJR九州と合意に達しており、近く契約する見通し。町は地域づくりの拠点や駅前に広がる野上商店街の活性化につなげる方針だが、将来的にはバスセンターなど交通の拠点として整備し、観光客でにぎわう九重“夢”大吊橋などへのアクセスポイントとすることを模索している。
 購入する敷地は駅舎と駐車場などの約千八十二平方メートル。価格は約千九百万円。築七十九年の駅舎は無償譲渡される。列車運行に必要な部分は、当面今まで通りJRが使用。町側は待合室やトイレなどを管理することになる。
 同駅は一九二八(昭和三)年開業。飯田高原やくじゅう連山の玄関口として知られ、かつては登山シーズンになると多くの登山客でごった返していたが、自動車の普及に伴い乗降客が減少。しかし、昨年十月末に九重“夢”大吊橋がオープンし、客足が伸びつつある。
 町は駅を地域活性化の拠点に使う方針だが、具体的な活用方法は未定。今後、区長らで組織する「野上まちづくり協議会」(藤沢昌由会長)などと協議して決める。当面、地元ボランティアに駅舎やトイレの清掃活動をしてもらうことにしており、すでに約六十人が登録をしている。
 藤沢会長は「子どもやお年寄りの拠点づくりなどにしたい。今後、この地域をどうするかみんなで考えていきたい」と話している。坂本和昭町長は「昭和五十年代まで、(駅周辺の)野上地区は町の中心街で交通拠点だった。あのにぎわいをもう一度再興させたい。活用方法はこれから決めるが、高齢化が進む中、列車やバスを利用する高齢者に対応した温泉や観光の拠点にしたい」と話している。

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